内なるラジオ

さっきまで広場では花火が上がっていた。今日は特別な夜だから、誰もが浮き足立っている。部屋の中にいても、外の騒ぎ声はよく聞こえた。
わたしもいつもと少し違っていたのかもしれない。普段はつけることのないラジオのスイッチをいれたから。

  “ハッピーニューイヤー、おめでとう”

カップに触れた手が止まる。ラジオからは、聞こえてくるはずのない、抑揚のあるあの低い声が流れてきた。

  “久しぶりです、お元気ですか?”

  “あなたのことをよく思い出しますよ”

声は話を続けた。
旅先での出来事や観た映画、部屋に置いてあるお気に入りの椅子。それぞれの微笑ましいエピソード。
どれもが鮮やかに浮かび上がる。
その切り取られた時間の片隅には、いつだってわたしも居た。

棚に並ぶ本やレコードは、ずっと触れていなかった。毎日素通りされ、どこへも進めず、そこでじっと立ち尽くしている。

  “そう、次はあの曲をかけますね”

部屋でよくかけていたあの曲が流れてくる。
なにかあると、そのレコードを取り出し甘いシードルを開け、それを一気に飲み干していた。わたしはその曲も甘ったるいシードルもそんなに好きではなかったけれど、そのささやかなパーティーにいつも黙って付き合った。そんな一方通行の共有だって悪くはなかった。

声はほんの少し改まったようなトーンで言った。

  “それではリスナーからのコーナーです、メッセージをどうぞ”

そしてそれきり何も言わない。

外の喧騒はいつの間にかなくなっていた。灯りも減って、いつもの夜に戻ったようだった。急に静けさに包まれた部屋で、埋める言葉をわたしは探した。けれど、棚のレコードも本もそこにあるだけで、どこにも言葉は見つからない。音ひとつ立てられず、ただ止まった時間だけが過ぎていく。

やがてラジオは短く”プツ”と、途切れる音を返した。

by Sophia Clarus

back and forth

photo: shu

なぜ旅に出たいのか、それは自分でもわからない。要するに、どこかに行って、こういうことをしたいとか、こういう事をやりたいという場合、プランニングするのではなく自然に湧いてきてしまう。
始まりはいつもそんな感じなのだ。

旅の条件として、目的の国、場所は閃いたところへ。
宿泊は最初の1泊は確保。そして、地図は忘れず必需品。
宿の条件はシャワー付きのお湯が出ればまず大丈夫。
エレベーターがあることは絶対必須。
1泊目の宿がよければそのまま連泊となる。

さて、旅のプランニングは何となくだけれど、イメージは或る。
先ずは、いざ出発。

現時代のようにパソコンで宿を調べることができない。
この町にもう少し居たいと思ったとしても、ここを出なくてはいけない。
又、この町から早く出たいと思ったとしても、この町に居ることになる。理由は明確ではないけれど、テンションは上がらない。
そんな気持ちを抱えながら嬉しい出会いのないことの想像はできる。そんな経験から、フリースタイルの旅に落ち着いてしまった。
目的地に到着したら、空港の電話ボックスへ先ず向かう。
電話帳から宿らしきページを破りポケットに。ついでにライブハウス、中古レコード屋の情報もポケットに。
予約した宿の夜は、あらかじめ用意した地図と、ポケットに忍ばせた宿泊情報をテーブルに並べる。それを赤ペンで気になるだろう箇所をチェックしていく。それも楽しい時間。
わからない街だからこそワクワクしてしまうのだ。

− 境界 –

境界

あの道まっすぐ、その先右に曲がると何があるのだろう。

きっと、何かが現れる。
歩く景色に、窓やドアが真っ先に目に映る。
道のこちら側とあちら側。
あの人とこの人の繋いでいるモノはなんだろう。
真夜から続く朝になる瞬間。
地平線と水平線の境。
或いは、赤道に位置する国のことについてまで。


…気がついたら空想の世界に入っている。
思うと、その癖は随分と前から始まっていた。


気になる場所を見つけてしまうと、ソコから離れられなくなる。
気になった人に遭遇する。2度見、3度見…ずっと目はその人を追っていた。
気になるそのコトについては、調べずにはいられない。


そんな謎な別世界に頭の中は支配され、振り回されていたのだけれどそんな時間も、今となってはソレを随分と楽しめるようになった。

あちら側の空想に、こちら側のリアル。
気がつくと………いつも行ったり来たり。