さっきまで広場では花火が上がっていた。今日は特別な夜だから、誰もが浮き足立っている。部屋の中にいても、外の騒ぎ声はよく聞こえた。
わたしもいつもと少し違っていたのかもしれない。普段はつけることのないラジオのスイッチをいれたから。
“ハッピーニューイヤー、おめでとう”
カップに触れた手が止まる。ラジオからは、聞こえてくるはずのない、抑揚のあるあの低い声が流れてきた。
“久しぶりです、お元気ですか?”
“あなたのことをよく思い出しますよ”
声は話を続けた。
旅先での出来事や観た映画、部屋に置いてあるお気に入りの椅子。それぞれの微笑ましいエピソード。
どれもが鮮やかに浮かび上がる。
その切り取られた時間の片隅には、いつだってわたしも居た。
棚に並ぶ本やレコードは、ずっと触れていなかった。毎日素通りされ、どこへも進めず、そこでじっと立ち尽くしている。
“そう、次はあの曲をかけますね”
部屋でよくかけていたあの曲が流れてくる。
なにかあると、そのレコードを取り出し甘いシードルを開け、それを一気に飲み干していた。わたしはその曲も甘ったるいシードルもそんなに好きではなかったけれど、そのささやかなパーティーにいつも黙って付き合った。そんな一方通行の共有だって悪くはなかった。
声はほんの少し改まったようなトーンで言った。
“それではリスナーからのコーナーです、メッセージをどうぞ”
そしてそれきり何も言わない。
外の喧騒はいつの間にかなくなっていた。灯りも減って、いつもの夜に戻ったようだった。急に静けさに包まれた部屋で、埋める言葉をわたしは探した。けれど、棚のレコードも本もそこにあるだけで、どこにも言葉は見つからない。音ひとつ立てられず、ただ止まった時間だけが過ぎていく。
やがてラジオは短く”プツ”と、途切れる音を返した。