第一章:
目覚めたら、言語のない場所にいた
広く広大な敷地に、ボクは立っていた。
辺りは暗くなったり、明るくなったり、
空を見上げると太陽と月が忙しく周っている。
ボクが大きな高い壁の前に立っているんだとだんだんわかってきた。
広い広い敷地に大きな壁が一枚だけの場所。
ボクは大きく目を見開いた。
大きな壁には至る所に隙間がある。
その隙間にそっと耳をあててみた。
山本 恵
「壁 – 11」
53 x 65.3 x 2.5 cm
Mixed Media
2019
山本 恵
「ただいま」
38 x 45.5 x 13 cm
Mixed Media
2017
山本 恵
「小さな声 8つ」
54 x 47 x 6 cm
Mixed Media
2017
様々な声がする。
言葉としては認識できなかったが、
隙間から、いろんな種類の声や音がするのだ。
もう一度、そっと耳をあててみる。
笑っているのだろう…いくつもの種類の笑い声がする。
とにかく楽しい。
別の壁から聞こえる声は、怒っているのだろうか。
濁音だらけの音。甲高い声もする。
思わず耳を塞いでしまった。その声は僕が最も苦手とする声だからだ。
また別の場所に耳を当ててみる。
子守唄かな。それはとても優しく美しい声。
まるでボクのグランマの声にそっくりなのだ。
この広い広い敷地に僕は一人。
不思議と淋しくはなかった。むしろ楽しい気持ちになってきている。
山本 恵
「小さな声 7つ」
12.7 x 17 x 3.5 cm
Mixed Media
2014
『おーい』
とボクは声をかけてみた。
すると先ほどの笑い声が、
「キャッキャッ」とちゃんと返してくれる。
面白くなってきたので、
喉を絞ったり、舌を丸めたり色々な口の形をして
何度も叫んでみる。
「君は女の子?」
「●●●」
怒っている人の声だ。男の子かな。
「君はいくつ?」
「■■■■■■■■」
「8歳なんだ」
「ボクと同じだね」
言葉がなくても、すっかり壁の声とボクは仲良しになっていた。
山本 恵
「オスカルの発声練習」
60.5 x 73 x 8.5 cm
Mixed Media
2017
どれくらい経っただろう。
壁の前に横たわっていた。
あたりは相変わらず暗くなったり、明るくなったり。
壁の隙間から….優しい美しい声が聞こえてきた。
その声はまるで子守唄のよう。
声はだんだんとだんだんと大きくなっていく。
広がっていく。
その声は、包み込むようにボクを抱き上げた。
目が虚になりつつ
おぼろげだが、太陽が沈んでいくのが見えた。
瞬間、強い光が壁一面に放つ。
それからボクを、壁のむこうへ連れっていったのだ。
空には月が二つ。